bussorenre Laboratory

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天才中高生たちの源泉を考える

おはようございます。@bussorenre です。そろそろ正式に住む場所が欲しいです。自覚なかったのですが、体調が明らかに不調だったりとストレスがマッハのようです。



そんなことはどうでもいいんです。今日は天才たちはどこからやってくるのかを考えようと 思います。






http://life-is-tech.com/etf18/ というのも、2月17日。Edu×Tech×Fes U-18 が開催されました。今をときめく天才的な中高生を集めて、そいつらにプレゼンさせようっていう企画です。内容はyoutubeに上がっているので、そちらをご覧頂ければいいんじゃないかなと思います。


僕はVJ TKMI以外、全員に何らかの機会で絡んでいます。特に灘の矢倉くん。僕がセプキャンに出た翌年の2012年、今年セプキャン最年少参加者が来るぞということで、めちゃくちゃ話題になりました。brainfuck のコードをプレゼンモニターに映しながらREDBULLを片手に話す姿は未だにはっきり覚えています。本物のマジキチだって心底思いましたし、こいつには同じ分野では勝てないと、会話して5秒で悟った初めての存在でもあります。

角南萌ちゃんや、米山維斗くんは、ものすっごいしっかりしゃべっているいるけど、いい意味で中学生らしいあどけなさが残っていて、かわいいなーって思います。

てふっちには、「大学生相手に公演してほしい」というムチャぶりをお願いしたことがあります。今思えば、本当に失礼なお願いをしたなーって反省しています。正直「なんだかんだで高校生だろう」って舐めている部分がありました。











さて。

天才と呼ばれる彼らを見て、僕はどう思うか。綺麗事を述べても仕方ないので正直に書く。

非常に悔しい。自分より若い子が未踏採択とかされているのを見るのはものすごい悔しい。キラキラ輝いているのはすごく悔しい。昔から(今も)憧れている存在になれない自分が何よりも悔しい。




「子どもに対して何をムキになっているんだ。ばかじゃないのお前。」って、近くの社会人には言われます。「そんな事で感情を荒ぶらせるからお前は小物でしかないんだよ。」確かに、おっしゃるとおりだと思います。


でも、自らの心の奥底に手を当てて想像してほしい。

例えば、自分が剣道をやってて、自分より剣道がうまくて勝てない奴が奴が居たら、悔しいし、むかつくでしょう。剣道の部分は野球でもサッカーでもなんでもいいです。勝負して勝てないって、悔しくないですか?

彼らは本当にすごい。何がすごいか説明は省きますが、僕は心のそこから尊敬している。圧倒的な力量差を感じる。文字通り大人顔負けである。というか、彼らは年齢が低いだけでそこらへんの大人より大人です。








さて、ここで凡人の僕は一つ疑問が湧く。

天才とはなんなのだろう???天才ってどこから現れるのだろう???天才と凡人の違いってなんなんだろう??

頭がいいDNAとかがあって、それが要因によるなんだろうか? 幼い頃の養育環境という、親に由来する要因によるなんだろうか? 偶発的に出現するランダム要素の高いものなんだろうか?

天才と馬鹿は紙一重というように、実はものすっごい度を過ぎた馬鹿なんだろうか?






あれこれ考えた結論から述べると、これらはあまり関係ない。 彼らもプレゼンで述べているように、天才が持つ最も大事な要素は「自己に対する絶対的な自信」だと思う。英才教育とか、そんなのは後でどうとでもなる。



自分に絶対的な自信があるから失敗しても平気だし、挑戦できる。逆に、自信がないから挑戦しないし、成長もできない…。


じゃぁ、その絶対的な自信ってどこから来るのだろう??

もともと生まれつき能力があるから自信があるのか。多分2割くらいはそうなんだと思うけど、8割くらいは違うと思う。

多分、このへんは養育者(ほとんどの場合が親だと思うけど)に原因があるように思う。子どもへの無条件の愛情と信頼を養育者が持っていたかどうか。多分、これは非常に大きい要素だと思う。

愛着理論(attachment theory)とか、教育心理学の世界で最近よくバズってるワードがあるけど、これはそのへんの考え方です。過去の有名な偉人の伝記を読んでも、最大の理解者であり応援者である愛着対象が必ず存在している。(必ずしも親であるとは限らないが)

誰かが無条件に自分を愛してくれたっていう乳児期の経験は、子どもの絶対的自信につながることが様々な研究機関の実験で証明されている。専門用語を使って言うと安全基地とか色々言い方があるんだろうけど、こんなのちょっと考えたらわかるきがする。

乳幼児期に、養育者との安定した強力な結びつき(愛着)を育めたかどうかがその人の自己肯定感を一生左右するという研究報告まであるくらいだ。(それが100%正しいとは証明されていないけど)三つ子の魂百までとは良く行ったものだなと思う。

逆に、親が自分自身や子育てに自信がなかったりすると、その自信の無さは子どもに伝播する。そしてそれは連鎖する(わかりやすい負の連鎖の例は虐待)




……。


難しい話はやめよう。




簡単にまとめると、天才の源泉ってつまりこういうことだと思う。


周囲の大人が子どもの可能性を勝手に狭めないこと。

どうせうちの子はこの程度のことしかできないだろうという考え方が最も良くない。


全力で子どもの未来を信じ、応援すること。

ただ「がんばれー!」って言うんじゃない。どうすれば子どもも大人も成長できるか、ともに考え実践にうつし、社会全体で成長する姿勢が大事だ。てふっちや矢倉くんの通う灘っていう学校は、そういう姿勢の先生しかいないと思う。(実態は知らないけどw


大人が自分自身を諦めないこと

どうせ俺はもう◯歳だし、もうどうしようもならねーわ。次世代の奴らがなんとかしてくれるだろう。なんて態度は論外だ。僕はまだまだ自分の可能性を諦めたくない。だから、自分よりも勝ってるって思う存在には嫉妬するし、勝ちたいからこそ悔しいって思う。自分のことを諦める人間が、自分のコトを諦めない人間を育てることは絶対にできない。と思う。




教育にはカネがかかるってことを周囲が認識すること

日本には資源はないんだから、国家戦略的に教育に重視せず何が残るんだろうっていう政治的な話もあるけどね。教育を経費と捉えるか投資と捉えるか。教育は未来への投資だと、もっと多くの人が理解してくれればいいなって思う。



天才って、本当に天から与えられた偶然の産物のようなニュアンスがある。確かに、生まれつき天才的な才能を持って生まれる子も中にはいるだろう。けど、それは本当に僅かな差でしかないと思う。


天才中高生の源泉は、その子の周囲にいる大人の愛情の大きさの裏返しなんじゃないかな?と思った。







最後に。

Edu×Tech×Fes を見て、悩みが増えた中高生はきっと多いと思う。

「同じくらいの子があんだけ堂々と喋ってすげーな」とか、「自分にはあーはなれないんじゃないか…」とか、「自分の好きなコトって、なんだろう??」とか、「堂々と語れる好きな事がないよー涙」とか、「自分のやってることって大したことないんじゃないか」とか。


僕が偉そうに言う資格なんてどこにもないんだけど…。

自分のコトをもっと愛してほしいなって思う。自分に自信が無いなら尚更。ナルシストとか、中二病とか、周囲に馬鹿にされるくらい、自分のコトを愛してほしい。難しいことだけど、自分のコトを「盲信」できない自分を「盲信」するといいと思います。はたから見たら迷走かもしれないけど、自分なりの道を猛進しているなら、それが一番いいと思います。

自分に自信をもつのがどうしても難しいなら、僕で良ければ@bussorenre にDMをくれれば日本国内ならどこにでも飛んでいくし。(まぁ、さすがにダメな日もあるけどいける日を見つけてとんでくさー。笑


みんなで明るい未来を創造していきましょうー\(^o^)/ さぁ、今日もがんばろう!