生き残るために
どうにもこうにも、これからの10年はロクな時代にならないだろう。「ロクな時代にならないだろう」と悲観シナリオを描いておいて「別に大したことなかったなガハハ」くらいであってほしいなと思わずにはいられないが、どうにもこうにも、悪い直感というのは、ロジカルに説明できる頃にはだいたい危機が到来している。もう少し私の頭が良ければ、逃げれるうちにロジックを立てられるのだが。
自分は運が良かった - bussorenre Laboratory と思う。この記事を書いたのは5月。1つの悲観シナリオが頭をよぎり「このままでは人生身動きが取れなくなってしまう」と焦り、行動を開始した。 無事一つの「詰み」は回避できたわけだが、一つの課題をクリアしたら次の課題が迫ってくる。
これまでの人生を振り返ると、良いことも悪いことも色々あったが、一つだけ言える事は「生きてさえいれば、好機が訪れる可能性がある」という事。死んだらそれまで。来世があるのかどうかはわからないが、少なくとも今生の私という存在は死んだら完結である。打ち切りエンドは避けたいところである。もっと自分が賢ければ、もっと自分に体力があれば、と思うところであるが、与えられた制約の中でなんとかするしかない。自分にも世界にも、あまり時間が無い。自分はもういいおっさんだし、世界は世界でヤバそうだし。
次の10年を見据えてやらなければならない事は、水・食料・エネルギーの確保である。とりあえずこれだけあれば、まずはなんとかなる。私はマズローの欲求段階説は大好きだが、上位の欲求ばかりに目が行って下位の欲求を満たすことを疎かにしたら本末転倒である。自分個人のレベルだけでなく、世界レベルで疎かになってきている。これは非常によろしくない。
「誰かの承認欲求を満たすために、なんで自分の承認欲求を我慢しなくちゃならないんだ」という不満はfacebookが台頭した時から常々感じていたところではあるが、Twitterというプラットフォームそのものが自我を持ち始め、X という名前に変わった時にピークに達した。下位の承認欲求を満たすための生産活動が著しく低下し、上位の承認欲求を満たすための生産活動ばかりになる。古代ローマが滅びたように、我々もまた足元から瓦解する。
バベルの塔は神の怒りに触れて壊されたというけれど、単に足元がおぼつかなかっただけなんじゃないかと最近思う。
低レイヤーの、さらにその下へ、低く深く潜り込む。
しかし、かといって高次レイヤーを捨ててはいけない。高次レイヤーの欲求は、低レイヤーを支配する司令塔となるからだ。
このバランスをどうとっていけば、本当に盤石な「ピラミッド」を作れるのかが、今の私にはわからない。ボトムアップしかやり方を知らないからだ。トップダウンも出来るようにならないといけない。
自分が前に立つしかない - bussorenre Laboratory というのはまさにこのための手段でしかない。しかし、ここ一年、自分はこれをうまくやれているか自信が無い。結局ボトムアップ型の動きをしているような気がしてならない。
という事で、次の課題は、ボトムアップとトップダウンの両立になりそうだが、それはそれとして根本的に「自分」という存在の資本を高める努力をもっとしないといけないと思ったので、とにかく筋トレと勉強を進めるのが良い気がする。